山内上杉家(やまのうちうえすぎけ)は、室町時代に関東地方に割拠した上杉氏の諸家のひとつ。足利尊氏・直義兄弟の母方の叔父上杉憲房の子で、上野・越後・伊豆の守護を兼ねた上杉憲顕に始まる家で、鎌倉の山内(鎌倉市山之内; 現在でも「管領屋敷」の地名がある)に居館を置いたことに因む。
1363年に足利尊氏の次男基氏が鎌倉に下向して鎌倉公方(関東公方)となると、憲顕は関東公方の執事(のちの関東管領)となり、公方を補佐して関東の政務を取り仕切った。憲顕は観応の擾乱の際に足利直義方についたために上野・越後守護の地位を奪われて一時没落するが、尊氏の死後に基氏の懇願で関東管領に復帰、その口添えで罪を許されて上野・越後守護の地位を回復した。15世紀前半に憲顕の兄弟から出た宅間家、犬懸家が相次いで衰亡すると、山内上杉家は上杉氏の宗家となり、関東管領の職をほとんど独占、上野国を本拠に武蔵、伊豆に勢力を張った。
しかし、15世紀後半から戦国時代に差し掛かると、憲顕の叔父から出た扇谷上杉家が家宰太田道灌の補佐のもと勢力を拡大し、山内家と並ぶ勢力となった。以来、山内と扇谷の両家は、関東管領の座をめぐって数十年にわたり抗争を続けた(長享の乱)。山内上杉家は勝利を収めて関東管領の地位を守ったものの、上杉顕定の死後に2度もの家督争いが発生した結果次第に衰退していき、16世紀に入ると、伊豆に興り相模を平定した新興の後北条氏の圧迫を受けた。
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山内家の関東管領上杉憲政は、後北条氏に対抗するために扇谷家と和睦を結んだが、1546年の河越夜戦で大敗して勢力を急速に喪失し、1552年に上野を逃れて越後の長尾景虎(のちの上杉謙信)を頼った。1561年3月、憲政は景虎を嗣子として家督と関東管領職を譲り、大名上杉氏の家名は長尾氏により存続することとなる。
その後、憲政は1579年の御館の乱の際に和睦交渉へ向かう途上で、上杉景勝方の兵士により討たれた。憲政の孫・曾孫たちの存在が江戸時代に確認される。